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音の運んでくるもの

渡部玄一コラム

テンポ

私が幼少のころは、まだちゃぶ台というものがあり、食事とはよほどの事情がない限り、家族みんなで食べるのが常識でした。マックもコンビニもない時代、夕食は大変待ち遠しいことで、いまよりもずっと純粋にお腹をすかせて食卓に着いたものです。
当時よく叱られたお行儀の悪いことのひとつに、お箸でお茶碗を叩くというのがありました。やがてやって来るお皿が待ち遠しくて、ついふざけ半分にやってしまっていたのを憶えています。
そのときに、効果的な、というのは母やお手伝いさんをよりいらいらさせるという意味ですが、叩き方をいつの間にか体得しました。それは一定の間隔でやや自 分の脈より早く打つ、というやり方で、母達はほぼ間違いなく焦ったりいらいらしたりして、確実に怒られました。音楽の演奏が、音を自発的にコントロールし て発するというのであるならば、僕の演奏はじめは茶碗叩きだったのかと、忸怩(じくじ)たる思いのする今日このごろです。

古代の戦争は、基本的に徒歩で行います。敵を攻めるのも、長い道のりをえっちらおっちら歩いて、そして戦い、また歩いて帰るものでした。
その歩き方ですが、てんでバラバラに歩いている軍隊は強くない。気の利いた軍隊は、誰かが太鼓などの音の鳴るものを叩いて、一定の速さで一緒に歩きます。その方がはるかに速く、そして疲れずに移動出来ることを見つけたからです。マーチの誕生です。
生きていて、その限りある時間を、音というものを使って規則正しい句読点を意識すると、人間はそれに意味を感じる。これはとても不思議なことです。テンポ(音楽のスピード)は単に物理現象的な速さのことではなく、人間の心理や生理にまで関わってくる音楽の本質です。
ポップス音楽やロックが多くの人に愛される理由のひとつに、ドラムなどが常にテンポを強調呈示しているので、音楽に入り込みやすいということが挙げられます。

いま、世の中のあらゆる場所で音楽が溢れています。
電子音が刻むビートを聞かずに街を歩くことやテレビを見ることは、ほとんど不可能です。意識をせずに時間の句読点を聞き逃してしまうことがどんどん増えています。
それはしょうがないことなのかも知れません。
でも、昔の食卓で刻んだ、あの意味のあるテンポを、私はとても懐かしく思い出すのです。

渡部玄一・文
「PAVONE」より転載